亀丸です。

人間は「不運」なことに気づきやすく、「幸運」なことに気づきにくいものです。

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題材はなんでもいいのですが、こんなお話をあげてみます。

『高校入試』というドラマがやっていました。
人気小説家の湊かなえさんの脚本、長澤まさみさんの主演で、2012年10月から12月まで放映されていた連続ドラマです。

ある名門高校の、入試当日の教師たちの様子を描いた群像劇。
一枚の答案用紙が無くなったことをきっかけに、入試全体が崩壊の危機に直面する、というストーリーのものでした。

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この事件を起こしたのは、18歳の少年でした。
3年前、受験生だった彼はこの名門高校を受けたところ、残念ながら不合格となりました。

しかし彼はこの結果に納得できません。

というのも、自己採点の結果がとても良かったからです。
国語で90点、数学で100点、理科で96点、社会で85点、英語で86点と高得点をあげているはずでした。

ある日、彼は新聞記事で、自分の入試答案を「開示請求」できるということを知り、さっそく請求をおこないます。開示された自分の答案用紙をみて、彼は驚愕しました。

英語が0点だったのです。

彼は受験番号と名前を書き漏らしていたのでした……

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彼は自分の「不運」を嘆きます。

「この事実をどう受け止めればいいのか、わからなかった」
「これは0点にされるようなことなのだろうか」

学校側に不信感を抱いた彼は、他の同級生に聞き取り調査をし、別の試験会場では試験監督が「受験番号を確認するように」と声をかけていたり、受験番号が抜けていないかを確認していたということを知ります。

「もしぼくがその試験監督にあたっていたなら……」

自分の不運は不公平によるものだと感じます。

不運を嘆くことは、自分を激しく責める後悔となり、そして誰かへの恨みにかわることはよくあることです。

彼はインターネットを使って自分の「不運」を訴えます。
「学校側は試験監督ごとによって不公平が生じることがないようにみんなで話し合い、解決策を統一してもらいたい」

しかし、そんな主張はネットの支持を得られない。
そしてついに彼は、高校入試を妨害するという暴挙を起こす……という物語でした。


         ※


自分のミスを学校側のシステムのせいにするのは、ドラマの話とはいえ、どうかと思いますが、確かに名前の書き忘れだけで、それまでの努力が水の泡となったことは「不運」といえます。

不運を嘆き続けた彼は精神を病み、通うことになった高校を退学してしまうという設定でした。

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その一方で、ドラマのなかには全く描かれていませんが、この状況であればどこかに「幸運」を得た人物がいるはずです
高校というのは定員があるので、誰かが不合格になれば、誰かが合格となるのです。
本来のテストの結果なら不合格だったのに、他の受験生が名前を書き忘れてくれたおかげで、最後の一人としてぎりぎり合格した受験生がいるのです。

この「幸運」を得た受験生を仮にA君としましょう。

A君はおそらく自分が「幸運」を得たとは気づいていないはずです。

「実力的には厳しいと思ったけど、塾の冬期講習や直前講習に通って最後まで頑張ったから合格できた」
などと自分の努力のおかげだと思い込んでいるかもしれません。

本当は、他の受験生の名前の書き忘れというありえない「幸運」のおかげで合格しているのにもかかわらず、A君はきっと自分の「幸運」にまるで気づいていません。何事もなかったかのように高校生活を送るのです。

名前を書き忘れた「不運」なほうは、ずっとそのことを根に持ち続けているのに……。


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人間は不運なことに気づきやすく、幸運なことに気づきにくいものです。

きっと私たちの人生でも知らず知らずのうちに「幸運」なことがたくさん起こっていたはずです。

たとえば、たまたまその日別の道を行ったおかげで交通事故にあわずに済んだ。
たとえば、たまたま飲みに行かなかったおかげで財布を落とさずに済んだ。
たとえば、たまたま別の会社に入社したおかげで、ものすごく意地悪な誰かに会わずに済んだ。

でも、そんな「幸運」には私たちはなかなか気づかないのです。

気づいてしまった「不運」から目をそらして、いつの間にか通り過ぎてゆく「幸運」に少しでも気づけるよう感性を研ぎ澄ますと、幸せを感じられるんだろうと思っています。





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