亀丸です。

先日、ある幼稚園の園長先生とお話しをする機会に恵まれました。

幼稚園児ぐらいの子供って、とても面白いですよね。
彼らの行動や話すことは、いつも予想のはるか斜め上をいってくれるので飽きません。
この子はなんでそういう言動をとるんだろうと観察を続けていくと、なんとなく人間の「元型」みたいなものがみえてくる。だから面白いのかもしれません。

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園長先生のお話のなかにこんな言葉がありました。
「男の子は何をして遊んだか、女の子は誰と遊んだかが、大事なのよね」


男の子たちに遊んできたあと「何をして遊んだの?」と訊ねると、「砂山つくった」「滑り台すべった」「ボール蹴った」などと遊んだことについては詳細に語ってくれる。
でも「誰と遊んだの?」と訊ねると「えーと、えーと、誰だったっけ?」となるんだという。自分がその遊びで満足したかどうかが大切で、誰と遊んだのかはわりとどうでもいいことらしい。

逆に女の子に訊ねるなら「誰と遊んだの?」のほうがいい。
「○○ちゃんと、○○ちゃんと、○○ちゃん」とちゃんと答が返ってくる。で、「何をして遊んだの?」と聞くと「うーん……いろいろ」みたいになってしまう。



この男女の傾向は大人になってもありますよね。
大人になってもなんらかの趣味やコレクションに夢中になっている男性は、きっと子供のとき「何をして遊んだの?」という質問にいっぱい答えてくれる子供だったのでしょうね。
こういう人は、好きなことを一緒にやってくれて、自分が楽しい気持ちになれる人が「友達」「好きな人」という発想です。

組織内でいつも周囲に気をまわしている女性は「○○ちゃんと遊んだ。○○ちゃんとは遊ばなかった」ということに幼児の頃から意識が強かったんだろうと思います。
女性は「誰」がすごく大事。
好きな誰かだったらわりと何をしても許されるし、好きじゃない誰かだったら何をしても気に喰わない。
女性からしたら当たり前のことだと思われるかもしれませんが、男性からしたらそれが極端に感じられて不安になります。


あんまり説明し過ぎると野暮になりますが、セックスにおける考え方の違いはこの男女の傾向がきっとありますよね。