64卦の全体の意味を大事にしてます

易占いについて、たまに訊ねられる質問です。

「初爻とか、二爻とかに分けて見ないんですか?」
「384爻は気にしないんですか」

亀丸は爻に分けて見てません。
64卦の全体の意味を大事にして、易経の一行一行(爻)についてあまり気にしません。


易経は、全体に書いてあることを感覚的に掴むだけにしています。
易経の文面の一部分(爻)だけを抜き出して考えると、その言葉の意味にとらわれすぎて、逆に占い時の直感が鈍るように感じます。
易占にしろ、タロット占いにしろ、占いの道具というのは自分にそのとき降りてくる≪直感≫に刺激を与えるものに過ぎないので、言葉に縛られないようにしようと思っています。

言葉にとらわれず、漠然とイメージだけを感じる──
言葉よりも、目の前にいる相談者さんが発しているものを感じる──

そちらの方が実戦でずっと当たります。

彼氏から連絡がくるかどうかなんてご質問の答が、易経にそのまま書いているわけではないですからね。


s106s0003

そもそも6爻とは?


易経の各64卦には、それぞれ6つの行(爻)から成り立つ詩文のようなもの(爻辞)が書かれています。

たとえば「地天泰」という卦なら以下の文章が書かれています。

1 抜茅茹。以其彙。征吉。
2 包荒、用馮河、不遐遺、朋亡、得尚于中行。
3 无平不陂。无往不復。艱貞无咎。勿恤其孚。于食有福。
4 翩翩不富。以其鄰。不戒以孚。
5 帝乙帰妹。以祉元吉。
6 城復于隍。勿用師。自邑告命。貞吝。

この六行のなかから、さらにサイコロかなにかを使って、この一行だけを抜き出して占うのが384爻占いです。
サイコロを振って4が出たら四爻(四行目)の「翩翩不富。以其鄰。不戒以孚」の部分で占うわけです。

64卦×6行(爻)なので、384通りの爻があるのです。





しかし、6行の詩文から一行だけを抜き出して解釈するというのが個人的感覚としてあまり好きじゃないんですよね。
詩文みたいなものは全体で理解するべきに思うんです。

易経の例だとわかりにくいので、日本の俳句を題材にしてみますが、たとえば「古池や 蛙飛び込む 水の音」という有名な俳句があるじゃないですか。

この俳句は、カエルが池のなかにぽちゃーんと飛び込む、その小さな音が聞こえてくるぐらいの静寂さを表現した俳句ですよね。

それが

1 古池や
2 蛙飛び込む
3 水の音

と3行に分けられていて、二爻「蛙飛び込む」だけが抜き出されて、「カエルが飛ぼうとしている。それは大いなる飛躍である」などと解釈されていたら変ですよね。
文章全体で理解しないと意味がないのです。

それに易経の384の爻はその一行の文章単体では明らかに意味をなしていないものが多いです。

だから、亀丸は爻をひとつひとつ分けてみないで、64卦の意味をおおまかに掴むぐらいのほうがいいと思ってやっています。


           ☆



でも易経の文面をおぼえておくことは大切。意外と実戦の鑑定でも使えるんですよね。

たとえば先ほど例で出した「地天泰」だったら、三爻(三行目)に
「于食有福」という言葉が出てきます。
「于食有福」=「食において、福あり」と読みます。

たとえば「気になる人と今度食事に行くんですけど、うまくいきますか?」という質問で地天泰が出たら、なんかとてもいいことありそうですよね。
地天泰は「食事などから恋愛が良い方向に発展する」というイメージで未来予測を立ててもかまいません。


また、四爻(四行目)には「不戒以孚」という言葉があります。
「孚(真心)をもって、戒(いまし)めず」と読む、おぼえておきたい、人生に役に立つ言葉だと思います。

<参照記事>不戒以孚──地天泰
http://kamemaru.net/chitentai01.html



クリックをお願いします。